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当時は希少なオーケストラ・東京室内管弦楽団
自主運営オーケストラとして東京室内管弦楽団の名称をはじめ、様々な名称で活動が開始される。
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1954年以来、故岩窪ささをが音楽監督・指揮者・主宰者となり、自主運営オーケストラとして新たな歩みを始める。「求められる演奏活動」を掲げ、いわゆるクラシックの管弦楽曲はもとより、独自の編曲による映画音楽をはじめ、タンゴ・ポップス等を採り上げたいわゆる「ポップスコンサート」(※当時は「ムード音楽・ムードコンサート」)を始める。 当時オーケストラによる、ポップスコンサートは異例であり、楽界から聴衆に至るまで多くの話題を呼び、以後パイオニアとして活躍する。

NHKをはじめ多彩なメディアで活動
また、テレビ放送開始初期より教育演奏活動として(NHK・TV学校向け番組、軽音楽番組TV・FM)他…で活躍。 大衆盤クラシックレコードのレコーディングなども行う。
出演名称も、東京プロムナード管弦楽団、東京ファンタスティックオーケストラ、スクリーン・シンフォニーオーケストラ、グラン・オルケスタ、トーキョー・ポップスオーケストラ、コロンビア・オーケストラなどでレコーディング、各種コンサート、放送において出演。

様々な名称で活躍
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子供達にオーケストラを
1964年(昭和39年)、全国の学校対象に、<オーケストラ鑑賞教室>を展開。 音楽鑑賞教室・教育演奏活動のパイオニアとして、完全な楽器編成で演奏に臨んだことは、当時の教育演奏活動の常識をこえたものとして教育界で高い評価を受け、多くの青少年に“ナマ”のオーケストラの感銘をあたえたことは 当楽団の活動の中でも特筆され、現在も高い評価を受けている。

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戦後初の琉・米公演
日・琉・米親善文化使節として、民間のオーケストラとしては戦後初の琉・米公演を行う。
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日・比親善公演
日・比親善公演を行い大成功を収める。
また、この頃から、他ジャンルのアーティスとのコラボレーションを積極的に行うようになる。

ジャズのコラボレーション
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創立50周年を迎える。
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日・米交歓チャリティー〔青少年のための音楽会〕The Yong Americansと協演。
同年、世界野生生物基金チャリティー出演。
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東京室内管弦楽団100ストリングス
東京室内管弦楽団100ストリングス~大編成POPSの魅力~ 故江藤俊哉コンマスで始動。東京芸術劇場は超満員。多重声部と重厚なストリングス。だれもが楽しめるエンターテイメントの世界は大きな注目を集めた。
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岩窪ささを永眠。永久名誉指揮者となり、橘川初恵が代表者となる。
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法人化。
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なかのZERO協力のもと、共催公演を開始。
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創立80年を迎える。同年11月には、いわくぼささをメモリアル公演を菅野宏一郎指揮・なかのZEROにて行い好評を博す。
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アドヴァイザーに橘直貴、小澤洋介、指揮者に菅野宏一郎を加え、新たな一歩を踏み出す。
現在も、多彩な演奏形態・演奏曲目、は聴衆の心を掴んでいる。